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慶應・文学部 小論文(2020年度)解答例と解説

国語のブログ
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2020/2/18

 

この解説は「学ぶ人のため」に向けているので、順を追って読んでほしいけれど、とりあえず結果だけを最初に載せる。



【設問Ⅰ】


この文章を300字以上360字以内で要約しなさい。



【解答例】 343字


西洋社会における多文化主義は、自国に移動してきた人に対し、移住先の文化に統合する政策原理を取ってきた。しかし二一世紀に入って批判され、その力は弱まった。筆者は、非西洋社会における新たな考え方を提唱している。寛容と共存に基づき、統合を求めない多文化主義である。文化集団の多様な個人を統合せず、その自由を許容し、意思決定を認め、多元的で流動的な様式だ。こうした協調的な枠組みにおいては、その主権である社会の構成員の創造性や主体性、責任感、組織の柔軟性が確保される。一方、そうした社会を導く指導者の条件は「調整と育成」である。主権が独立して動く自由で小規模なユニットが、問題解決能力を発揮していける。新しい多文化主義においては、主権の強制と自由を重んじ、自主的な秩序として実現されるのである。



【設問Ⅱ】


集団に属するということについて、この文章をふまえて、あなたの考えを320字以上400字以内で述べなさい。



【解答例】 355字


集団には権利や義務、あるいは国家行政のような強制力が存在しない。では集団において、どのような要素が多文化主義を実現できるのか。筆者の主張する「主体性」「寛容」の他に、知性が重要だと私は考える。知性とは、個人が集団に関わる上でベースとなるものである。

集団においては、宗教や民族という縛りがあるだけでなく、個人の経験や知識に基づいた多様性を受容する可能性がある。さらに寛容に基づけば、集団は多様化し、価値の振り幅は大きく振れることになる。また集団とは、国家のように固定されず、永続するかどうかわからない。

個人にとって集団とは頼りないシステムであり、集団を頼って得られるものは少ないかもしれない。参加する集団を見極めるために、かつ、その集団内で目標の実現度を高めるには、知性という合理的なフィルターが役に立つ。





指導した子(*1)が実際の問題文を送ってくれた。受験がおわったその夜に、である。その子は自分の解答や考え方がどうだったかを知りたがっていたし、受験が終わっても勉強を辞めないとさえ言った。だから僕は応援したかった。その子にとって受験はまだ終わってなかったのだ。


それに対して僕は、即席で解説を書いて送った。それをベースに、本格的な解説と解答例を書いてみたのが今回の経緯。


*1

このやりとりは下記の質問ページ。「学ぶ」とは、ただ解答や解説をこちらが提示するだけでは成立しない。こちらが発問し、それに応え、一部を解説して導き、その上でまた発問し……という「やりとり」が不可欠だと僕は考えている。質問ページが尻切れトンボなのは、TwitterのDM経由に移行したためである。多年度の解説を送りたいと思い、しかしそれらはパブリックにできないので。


https://noschool.asia/question/202474-1581031352





■■本文構造は三層



本文は「これからの多文化主義」を論じたもの。もうちょっと踏み込んでいうと「非欧米諸国における多文化主義とは?」を論じている。


読解のポイントは3点。



■1点目


空間比較による論考。これまでの欧米諸国による多文化主義は「統合」がキーだった。しかし、それは機能しなかった。新しい多文化主義では「共存」「多文化共生」がカギとなる。そして、それは非欧米諸国(アジアやアフリカ)において、その萌芽が見受けられると筆者は見ている。



■2点目


「主権」の性質。ここを見抜くのが一つ目のハードルだったと思う。新しい多文化主義社会における主権(社会の構成員)は、「結合」するのではなく「寛容に基づいて共存」することが必要だと筆者は言う。



■3点目


「指導者」が求めるべき社会像について言及する必要がある。「組織原理」を「管理」から主権による「自主的」なものへとシフトさせることが必要と本文にある。この点の言及を慶應は欲する。詳細は後述。



例年に比べ、本文の難易度はかなり易しい。いつもどおり、視点が3つあるのは同じだけど、テーマ的に読みやすかったはず。したがって、受験生の多くは「割と書けた」と感じている気がする。だからこそ、漏れがあると致命的になったと思う(特に要約について)。ちょっとした「差」が命運を分ける出題になったはずだ。そう言う意味では厳格な読みと表現が試されている。慶應はやっぱり厳しい。


その「差」が3点目である。合格答案でこの要素を満たしていない答案は少ないはずである。





■■慶應義塾の狙いをクリアできたか?


慶應文学部の小論文は、課題文がまずまず長い。また、論点が大きく揺れる。過去と現在の対比(時)、日米などの文化対比(空間、論を支える学者の事例。右に左に(あるいは縦に横に)振り回される。読んだ後で「結局、何を言いたかったのか?」に答えられなければ、もちろん要約もブレる。


過去問を20年くらい読むと、要約でポイントになるのは、実はいつも同じパターンだと分かる。そのパターンとは、途中でイキナリ表れる「抽象語」がカギになっているスタイルだ。


2020年度の場合、読み進めると「多文化主義」がテーマであることは、ほとんどの人がわかるはず。これが一層目。


その後、学者の論を事例にして筆者の論を強化・補完する。ここが「事例」だと分かるのも、多くの人がクリアしていると思う。だからこれは一層目のオマケ。


このあたりで「もう論展開は終わった」と思っていたら、課題文はまだまだ続く。そしてイキナリ「権威」という言葉が登場する。集中力が途切れてくる。たぶん多くの人が無視する。横道に逸れた論点だろう、と。


本文はサディスティックにどんどん続く。すると「権利」が表れ「主権」と畳み掛ける。ここが二層目。この二層目についていけると、受験者平均に乗る。


本文は最後に「指導者」で締めくくられる。ここが三層目。遠い位置にある文章の「権威」が「指導者」を意味しており、そこを読み切ったかどうかが試されている。ここまで読めた人は、合格者平均を取れる。慶應はリーダーを求めている大学だから。指導者としての目線で読めなかった受験生を切るつもりが慶應にはあると思う。だから合格ラインを分けるのは、三層目の理解だ。


「多文化主義」「主権」「指導者(権威)」について漏れなく述べることが、要約に求められているポイントである。





■設問Ⅰ 解答への軌跡



これはあくまでも僕のスタイルなんだけど、まず僕は文章を読んだ時の「勢い」をコアにし、すぐにまとめるようにしている。要約としては不備や過不足があるんだけど、それでも「まずは」まとめる。なぜなら、その「勢い」の中に論述へのヒントがあることが多いと経験的に知っているから。要約を書きながら、論述のヒントを考えている。受験生に薦める方法ではないけれど。



【要約トライ1回目】 285字


これまで欧米諸国は移住先の文化に統合する多文化主義を政策原理としてきたが、二一世紀に入って批判され、力は弱まった。文化集団に統合を求めず、互いに尊重して共存する多文化共生なら、社会の構成員である主権は多様性が認められ、自由が保障される。このとき構成員は互いに結合するのではなく、寛容に基づいて共存する。これからの社会は、情報社会ネットワークのような分散的システムとなり、主権者の創造性や主体性、責任に基づき、柔軟な組織を目指せばよい。また、この社会の指導者は、調整と育成に目を向け、主権者が独立し、自由に動いて問題解決する自主的な秩序を、組織原理として目指す必要がある。



もちろん字数が足りないし、過不足があるので、あらためて要約に求められるKW(キーワード)を見直す。つまり2回目の読解に入る(ちなみに僕は延べ3回は読む)。その作業でリストアップしたKWは以下の通り。本文の流れに従って抜粋する。



【必須KW】


・多文化主義

・統合

・(他文化)共生

・批判

・多様(な個人)

・自由(寛容)

・× 結合

・○ 共存

・権威(後述される「指導者」)

・主権

・中央集権的

・協調的な枠組み

・寛容と共存(→リピート用語)

・異物/排除/多様/動き/共存

・意思決定

・分散(=分権的システム・分散システム)

・多元的で流動的な様式

・創造性/主体性/責任感

・組織の柔軟性を確保

・指導者(の条件)

・× 命令と管理

・○ 調整と育成

・独立/自由/小規模/つなげ

・問題解決能力

・自主的な秩序



24個のKWを挙げた。あとは求められる要約字数に合わせ、過不足を見極めればよい。これがテクニカルな設問Ⅰへのアドバイス。



【要約トライ2回目】 650字


西洋社会における多文化主義は、自国に移動してきた人に対し、移住先の文化に統合する政策原理を取ってきた。しかし二一世紀に入って批判され、その力は弱まった。筆者は新たに非西洋社会における、寛容と共存に基づいた、統合を求めない多文化主義を模索している。文化集団の多様な個人を排除せず、また統合を求めず、その自由を許容し、意思決定を認めるような、多元的で流動的な様式を提唱している。こうした協調的な枠組みにおいては、組織の柔軟性が確保され、その主権である社会の構成員の創造性や主体性、責任感が確保される。一方、そうした社会を導く指導者にとっての条件は、中央集権的システムのように「命令と管理」ではなく、「調整と育成」に目を向ける必要がある。そうすれば、たとえば経済活動における分権的システムで達成されたように、主権が独立して動く自由で小規模なユニットが、問題解決能力を発揮していける。新しい多文化主義においては、主権の強制と自由を重んじ、自主的な秩序として実現されるのである。

互いに尊重して共存する多文化共生なら、社会の構成員である主権は多様性が認められ、自由が保障される。このとき構成員は互いに結合するのではなく、寛容に基づいて共存する。これからの社会は、情報社会ネットワークのような分散的システムとなり、主権者の創造性や主体性、責任に基づき、柔軟な組織を目指せばよい。また、この社会の指導者は、調整と育成に目を向け、主権者が独立し、自由に動いて問題解決する自主的な秩序を、組織原理として目指す必要がある。



字数調整しないと答案にならないので、最終的には次のようにまとめた。文字数を減らすときは、優先順位に従い、冷血に切る。



【要約最終版】 355字


西洋社会における多文化主義は、自国に移動してきた人に対し、移住先の文化に統合する政策原理を取ってきた。しかし二一世紀に入って批判され、その力は弱まった。筆者は、非西洋社会における新たな考え方を提唱している。寛容と共存に基づき、統合を求めない多文化主義である。そこでは文化集団の多様な個人を統合せず、その自由を許容し、意思決定を認め、多元的で流動的な様式となる。こうした協調的な枠組みにおいては、その主権である、社会の構成員の創造性や主体性、責任感、組織の柔軟性が確保される。一方、そうした社会を導く指導者の条件は「調整と育成」である。主権が独立して動く自由で小規模なユニットが、問題解決能力を発揮していけるように導く。新しい多文化主義においては、主権の共生と自由を重んじ、自主的な秩序として実現されるのである。




■■論述のコアは何か?



設問Ⅱは視点がちょっと変わっている。「多文化主義について述べよ」ではない。おまけに「国家」を問わないところに一ひねりされた跡がある。「集団」と提示している、その意図を解釈する必要がある。


だから、やはりいつものように用語定義をしたい。書く前に「集団」の定義が必要なのが設問Ⅱなのだ。定義をしっかりしておかないと、本文とのすり合わせができないから。


本文で出てくる「多文化主義」は欧米の失敗例をスタートに、新しい「多文化主義」を模索している。だから本来なら「(アフラシアにおける)国家に属することについて」と問うても良かった。


では、「集団」と「国家」の決定的な違いは何だろう? たとえばそれは「強制力(憲法や軍事力による、ある種の「暴力装置」)」の有無である。


「集団」にテーマを移したのは、「権威」「主権」が存在しない社会にとっての「多文化主義」を考えてほしかったのだろう、と推測・解釈ができる。「国家」にとっての多文化主義のように、制度の上に成り立つ考え方ではなく、もっと柔らかな考え方を提示してほしいのだろう。


筆者は「多文化主義」において、「主体性」に基づく社会を標榜している。であれば「集団」に属する場合、つまり強制力が存在しない場合の「主体性」がどういう役割を果たすのか、「主体性」についてどう考えると良いのか、を答えれば、本文とのすり合わせが可能になる。


つまり「集団」と「主体性」の定義を設問Ⅱは求めている。「集団」における「主体性」をどのように捉えたか?を明確にした論述が求められていると解釈するのが妥当である。慶應・文学部は、こうした「設問解釈」ができるようになると取り組みやすい。


「○○な主体性があれば、集団に属することは、○○なメリットがある」


といったような論調が、出題者の想定だと僕は判断した。


あるいは、指導者のフェイズから論じるのも一手だ。その場合は、


「集団を維持、成功させるには、その構成員に主体性を求めるだけでなく、○○といった要素が必要だ」


と持っていくとおもしろい。出題者の求めるものに応え得るし、恐らく受験者のほとんどが書かない(書けない)。慶應義塾は「リーダー」を育成する場であるから、指導者目線で書くのはウケが良い(とちょっと揶揄してみる)。





以下に僕の解答例を改めて残す。僕は「知性」という切り口で書いてみた。解答例に至るまでの考え方、メモの取り方、構成などは、実際に解答を書く「あなた」にとって「事前には」役に立たないと思うので割愛。それは、実際に指導する場合なら有効だと思うから。



■設問Ⅱ


集団に属するということについて、この文章をふまえて、あなたの考えを320字以上400字以内で述べなさい。



【解答例】 355字


集団には権利や義務、あるいは国家行政のような強制力が存在しない。では集団において、どのような要素が多文化主義を実現できるのか。筆者の主張する「主体性」「寛容」の他に、知性が重要だと私は考える。知性とは、個人が集団に関わる上でベースとなるものである。

集団においては、宗教や民族という縛りがあるだけでなく、個人の経験や知識に基づいた多様性を受容する可能性がある。さらに寛容に基づけば、集団は多様化し、価値の振り幅は大きく振れることになる。また集団とは、国家のように固定されず、永続するかどうかわからない。

個人にとって集団とは頼りないシステムであり、集団を頼って得られるものは少ないかもしれない。参加する集団を見極めるために、かつ、その集団内で目標の実現度を高めるには、知性という合理的なフィルターが役に立つ。





■■「アフリカ」はこれから来る!



本文タイトルの「アフラシア」は僕も知らなかったけれど、アフリカとアジア(ユーラシア)のことらしい。だが、本文でも匂わせる記述はあるし、何と言っても慶應は近年「アフリカ」に目を向けている。「 Living for Today 」と本文で表現された2017年度(「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 小川さやか 光文社新書)もその一つだった。つまり、過去問研究を精緻にしておけば、その視点は理解できるし、僕のように「指導」する側からすれば、ある程度「予想」の範疇に収まるテーマである。この点を少し補足したい。


なぜアフリカが話題になるか? ODAが限界に来ていることを理解し、次の経済的関わりと、その根幹にある文化理解が求められているからだ。


単純に言えば、アフリカに対する欧米諸国の考え方やアプローチは限界なのだ。うまくいっていない。それどころか、様々な問題を生んでさえいる。その根幹にあるのが、オリエンタリズムだったりエスニシティである。それらが事象として露わになったのが9.11や米中貿易紛争なのだ。


中国は、アメリカと貿易戦争紛いで渡り合えるほどの経済力を持った。でも中国は独自の文化・政治・経済システムを持っているから、すんなりとアメリカの言うことを聞く相手ではない。しかしそうした相手に対し、アメリカは自国の主張で渡り合おうとしている。ゴリ押しさえしようとする。


この経緯は逆に、9.11で露わになったはずの問題点を、アメリカがクリアしていないことを示している。ジレンマに陥ってさえいるように見える。


そうであるなら、それらの事象を考えるだけでなく、それらの根幹と背景を理解するために思考の枠を広げる必要がある。そこに、「未開の地」であるアフリカに目を向け、それについて考える意味がある。


また、日本はアメリカと一線を置き、独自のフレームワークを作り上げたいと願っている先進的な人々がいる。その一面が慶應義塾に表れていると僕は見る。「アフリカ」について考えることは、これからの世界情勢を占うだけでなく、我が国自身の考え方を再考するキーとなるのだ。


反面、「アフリカ」と一口にまとめられない多様性や独自性が「アフリカ」には存在している。それをひとつひとつ、丁寧に取り上げて論じることで、翻って我が国はどうすべきか、我々はどういう態度、考え方をすべきかを、現代の日本は問われていると僕は考える。


しかし現実は、各国の文化を無視し、民族や宗教に理解を向けず、経済だけで関わろうとしている。分かりやすく言えば「搾取」する動向が、先進国側である日本の態度として存在している。


他国と経済的に関わるなら、その国、その土地、民族や宗教に対する理解の上に成り立つべきである。「自己他者論(*2)」を基本理念に置く慶應義塾は、そうした前提条件を日々考えている大学だと僕は思っている。だからこそ慶應は、その基本理念を問う。そうした「哲学的な問い」を追及してほしいのが、慶應義塾の良心であり底力だと僕は考えている。「小論文」という課題の狙いは、そこを示唆するものである。


*2

「自己他者論」とは僕が勝手に名づけた用語。鷲田清一氏や河合隼雄氏など、多くの人が述べている「自己と他者の関係」を一言でまとめたもの。「自己(アイデンティティ)は元から存在するものではなく、他者によって形成される」「社会は自他の相互関係によって形成される」「他者は自己の鏡」といった視点を意味する。慶應義塾・文学部は(経済学部でさえ)この視点なしに受験してはならない。


蛇足だけど、僕はたまたま娘の課題に関わって『アフリカ・レポート』松本仁一(岩波新書)という入門書を読んだ。ちょっと古いけれど、日本に多くの準移民が増えた理由が少し分かった。これを読んだからこそ、今回の筆者の主張にも頷ける箇所が多々あった。


https://twitter.com/iebenOen/status/1190178572838637568


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