家勉応援個人家庭教師のブログ

ことばの変化、に思うこと【解答例を書いてみた】

2019/12/2

小論文の解答例アップの3回目。今回は神田外大。前進はたしか外国語専門学校で、そのノウハウを取り入れた実践的な外語大学として生まれ変わったと記憶している。神田、と言いながら幕張(千葉)にあってびっくりするけど(18歳の頃、不合格だった……)。


さて、どんなお題か。例によってお湯先生のツイートから。


お湯 on Twitter

“「ことば」は時代とともに変化する。(中略)これを「間違ったことば」ととらえるか、「ことばの進化」ととらえるか、様々な意見がある。このような時代にともなうことばの変化についてどう考えるか。('17神田外国語大学) 「ら抜き言葉」が気になる方もいるかと。皆さまどのように考えますか?”


設問は出題者からのメッセージ。その声を聴き、何を求められているかを知るのが大事。そのためには丁寧に分析し、何を聞きたがっているか理解するところから始める。自分が何を言うかは、その後のステージ。まずは聞く。理解する。


いちばん大事な問いは、


このような時代にともなうことばの変化について、あなたはどう考えるか、具体的に説明しなさい。


である。だが、その前に設問をもっと、うるさいくらいに自分に言い聞かせること。「丁寧に」分析するのだ。


1. このような時代

 → どんな時代?


2. ことばの変化

 → どんな変化?


3. どう考えるか

 → 当たり前だけど自論を説明


4. 具体的に

 → 事例を出すこと(抽象論だけではダメ)





1. 「このような時代」とはどんな時代か?


自分でイメージできたか?をちゃんと確認しよう。指示語を辿って「ら抜き言葉」が使われるような、ことばが変化した時代、と解釈するのが妥当。必ずしも現代に限らなくても良い。「変化」がポイントだから。



2. ことばの変化とはどんな変化?


設問では確かに「ら抜き言葉」という「変化」を挙げているが、「一例」だと書かれている。あるいは「一例」でしかない。だから、その他の例を使っても良い、とも受け取れる。例えば

・省略言葉(「了解」を「り」と書く)

・名詞の動詞化(「電話する」「チン」する)

などを僕はいま思い浮かべた。先に述べたように、「変化」にポイントを置くなら、過去の時代でも構わない。そしてここから考えを伸ばすと、「変化」という言葉の定義は現代に特定せず、次のように考えることができる、と僕は思った。

それまでなかった言葉遣いが、新たに出現した様子。

いつの時代でも言葉遣いは変化してきたはずだから。



3. どう考えるか?に対する自論


当たり前だけど、小論文の肝の部分。どんな持論を展開するか、のパート。そして自論はいつでも根拠とセットだ。一枚のコインの表と裏。

たとえば子供が「ゲームが欲しい!」と喚きたてるだけでは、親は動かない。そうではなく「親友がやっている。同じ話題で盛り上がりたい。だからゲームを買ってほしい」とプレゼンしなければ、親は聞いてくれない。それだけで親が買ってくれるとは限らない。けれども、理由を述べなければ、少なくとも聞いてさえくれない。根拠をどのように設定するかが腕の見せ所。だから、効果的な根拠と共に持論を語ることが大事



4. 具体的に、とは事例を出すこと


抽象論だけではダメだと設問が言っている。「具体的に」を自分で設定するということ。このささやかな条件は、たった数文字で書かれているけれど、無視できない大事な要素だ。





ここまで確認したこと、ぼんやり考えたことを、ある程度掘り下げて考えてみると良い。

たとえば「電話する」という表現は、電話というモノがなかった時代にはなかったはずの言葉遣いだ。新しく生まれたモノが、新しい言葉を生んだと言える。これも一つの「変化」の具体例の一つである。

あるいは「よろしかったでしょうか?」という接客用語は「ら抜き言葉」同様、世代間で賛否が分かれると聞く。どちらも、どういう発生理由・必要性なのかは不明だが、聞いた側、つまり受け手の心理としては拒否感を感じているからこそ、ここまで問題となっている。

この点を社会に伸ばしていくと、もう一つ気が付くことがある。送り手と受け手、話し手と聴き手の認識の差異である。アウトプットとインプット、と僕が切り口として使う分析軸だ。前者に悪意や他意がなくても、後者はネガティブに受け取ってしまう。

そしてこの設問が「外国語大学」であるという「必要性」を考えた場合、日本人の表現が、世界に対して通用するかどうか?という視点が隠されているとも読める。左手で握手することが僕らにとって何の意味もなかったとしても、中国人にとっては「なんと失礼な!」と悪く受け取られてしまう(左手が不浄だというのは、ヒンズー教にも見られる)。ということは、アウトプットする側は、インプット側のことを考慮していなかったと言えてしまう。「そんなつもりはなかった」と言い訳しても駄目なのだ。

こうした思いつきは、アイディアメモを取りながら押さえておき、構成メモで論理的にまとめる段になって、使う・使えないものを取捨選択する。



【設問解釈】


新しい言葉遣いが生まれたという変化が起きている時代が存在している。そうした時代における「ことばの変化」について、具体例を出しながら、自分の判断(持論)を根拠と共に説明する。



【アイディアメモ】


ぼんやりとでも感じたことをメモにする。ここから構成メモにグレードアップし、論展開していく。今回、アイディアメモでほぼ勝負できそうなので、構成メモは省略。まあ、慣れてくるとアイディアメモと構成メモはほぼ重なる(僕の場合は)。


・ことばが変化するのは歴史的な事実(平安と現代の差)

・ことばとは、変化を内包する生きた存在(変わらざるを得ない)

・社会変化(政治や制度、経済、文明)でことばは変わる

・ことばの変化とは、社会を写す鏡である

・ことばの変化に対して価値判断するなら、ことばのルーツとなる社会変化を論じるのが先

・ならば、ことばが変化するのは、社会が変わりつつあるからだと言える

・「電話する」という表現は、はじめは拒否感があった

・「よろしかったでしょうか」は送り手の意図とは別に、受け手がネガティブに受け取るのが問題点に挙げられる

・つまり、表現そのものに問題の根があるのではなく、受け手がどう感じるかに論点がある

・社会がことばの変化を求めても、古い世代は認識をすぐに変えられない(時間差がある)

・しかし「電話する」は高齢者でも使っているから、ことばの変化が認知され「市民権」を得たと言える

・したがって、ことばが変化するという現象は、社会的に見れば緩やかに「受け入れる」方向へと進む

・ただし、受け手側を無視したコミュニケーションは、他者との関わり方に問題を生む

・変化しつつある言葉遣いをするのは、それが共有される相手に使い、そうでない相手には一定の敬意を払う方が、意思疎通が円滑に進む

・言換えれば、私的な場面と公的なそれでは、言葉遣いを積極的に変えるほうが、社会的なコミュニケーションだといえる

・話し言葉では新しいことばを使うことが許容される傾向にあり、書き言葉では伝統的な(一般的に許容される)ことばをつかうことが成熟したやりとりである



【自論の主題文】


ことばは社会が規定するものであり、社会変化に伴ってことばも変遷していく。ことばが変化するなら、自分が気が付いていない社会変化の表れだと意識できることに繋がる。ただし、変化しつつあることばは、完全に社会に受け入れられていないので、伝える相手に敬意を払って使い分ける方が、円滑な意思疎通を生む。





【解答例】


ことばが時代と共に変化する現象の裏には、社会が変化しているという本質が存在している。つまり、新しいことばが生まれたり、言葉の意味そのものが変わりつつあるのは、それだけ社会が変わったからなのだ。ことばの変化に対して「乱れている」とか「進化している」と価値を見出そうとするのなら、同時に社会そのものを問い直す機会が与えられたと認識できる。

「電話する」という言葉遣いは、電話が発明された後に出現した。「レンジでチンする」も同じだ。これらは社会が(文明が)変化したために生み出された、新しい表現である。

あるいは「ご注文は○○でよろしかったでしょうか?」という接客用語を、年齢の高い世代は好まないと聞いたことがある。私も個人的には違和感を感じる。その理由はともかく、受け手としてはある種のネガティブな感情を抱くからこそ、この言葉遣いが問題に取り上げられるのだ。「ら抜き言葉」も同様である。

ここで私が注目するのは、送り手に他意はない点であり、逆に言うならば、受け手が明確な理由もなく拒否感を感じてしまうという、コミュニケーションのズレである。

変化しつつあることばを使う側、つまり送り手は特に深く考えずに使っていたとしても、聞いた側、つまり受け手にとっては受け入れがたい思いが芽生えてしまう。変わりつつあることばというのは、社会的な認知度が低いことと同義であり、しかし限定された範囲では使われているとも言える。そうしたことばは、その限定された場で、つまり私的な場面で使うものだ。逆に、公的な場で使う際は、それまで一般的に使われてきた伝統的なことばで意思疎通した方が、成熟したコミュニケーションと言える。そうであるなら、まず送り手が表現を変える方が、コミュニケーションは円滑に進む。

この点を現実的に考えると、変化しつつあることばは話し言葉で使うことが良さそうだ。相手が家族や友人、親しい同僚のように気を許せる他者ならば、そのことばを介してしか伝えられない思いを共有できる。一方、学校やアルバイト先など、社会性が高い場を共有する相手には、変化する前のことばで思いを表明する方が、かえって意思疎通が滞りなく進む。

ことばが変化しつつあるということは、価値を見出すよりもむしろ、その本質である社会変化に目を転じる絶好の機会であり、相手を慮って使い分けることで意思疎通を円滑に進められるのである。


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