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家勉応援オンライン家庭教師のブログ

小論文は書くより読み抜く方が大事

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2019/11/23

twitterでお題が出ていたので、僕も書いてみた。でもやっぱり読解が大事、という話。

お湯 on Twitter

“愛知医科大の小論文はいつもトリッキーで面白いので、よろしければこれもどうぞ。ストーリーを創作する問題です。”


愛知医科大学2018年度2月2日実施分小論文模範解答例|お湯|note

こんばんは。お湯です。 今回は愛知医科大学の小論文の解答例を書いてみました。愛知医科大学は、毎年トリッキーな論題を出しています。今回はストーリーの創作でした。どんな論題が出るかは予測不可能です。しかし、あくまでも医学部の入試なのですから、常識的で良識的なことを論理的に書くことは当然求められているはずです。それを踏まえたうえで、できることならば、採点官を唸らせることを書ければ文句はない、ということになるでしょう。まずは筋道だった文章を書くこと、それを目指しましょう。 <問題>  ある大学生がいました。この学生が街角の古道具屋でふと買った壺を何気なく触っていたところ、中から壺の精が現


僕の解答を載せる前に二点ばかり思うところを先に書きたい。



■小論文に必要なのは、まず「読解


小論文の解答を書くまでには、二つのステージがある。

一つは「書く」こと。文字で自分の考えを表明する。もちろんそれが真っ先に思い浮かぶだろう。けれども他者とやりとりする中で文章を書くということは、相手の言い分に応えなくてはならない。つまり、相手を深く理解してから書く必要がある。だから小論文では、書く前の「読解」こそが重要だと僕は考える。そこをすっ飛ばして書いてしまうと、方向のズレた独り善がりになってしまう。

「書く」前に「読解」する。順番を違えてはいけない。ラブレターなら思いの丈を精一杯書けば良いのだけど、お題(設問)があった上で書けと言われる場合は、相手を深く理解してから書かないとすれ違いになる。まあラブレターだって、相手が自分に興味があるかどうか知らずに書いて渡せば玉砕するだけだろうけど(いや、そもそもこの現代にラブレターなんて存在するのだろうか?)。

相手を知る、つまり設問の意図を「理由」「背景」「社会的意義」といった光を浴びせて検分し分解する。問いの本質を探る。その上で書く。これが小論文の正統的スタイルだと僕は考えている。



■しかし小論文は「試験」科目である


小論文とは、「試験」という括りでいえば、とりあえず論理が通っており、主張に無理がなければ点数は来る。そういうことを書くと方々から怒られそうだけど、でも受験は結果が全て。受かるのが第一義的目的ではある。受験生は英語だって数学だってやらなきゃいけない。時間は限られてる。その中でペース配分しなくてはならない。だから、正直言って受験生の小論文レベルはそれほど高くない。「合格する」という範囲で考えるなら、読解をないがしろにしても結果は出てしまうのが現実だ。みんなどうせ書けないのだから。……と書くとこれまた怒られそうだけど。

これは頑張っている人を貶めたいという意味ではなく、周りが書けない中で自分がちょっとでも書けていれば、割とあっさり高得点が出てしまうよ、と僕は思っているのだ。小論文はどういうわけか、あまり真剣に対策する人が少ないように思う。英語や数学ほど参考書が多くないし、模試に至っては年に数回しかない。「受験」において小論文とは、あまり時間をかけずに「そこそこ」書いておくに留める方が、要領の良い受験生活になるというのが受験生側の本音かもしれない。それでも構わないと思う。科目に対する配点や扱いを見ても、そうするのが妥当だと思う。

だから小論文を「正統的に」書こうと思う人以外は、僕のスタイルは無視した方が賢明だ。なんというか「めんどくさい」やり方だから。効率を重視するなら、小論文のプロ講師を参考にした方が良い。良い意味で要領の良さを教えてくれて無駄が少ない。逆に僕は根が面倒だし(よく友人に言われる)、こういう真正面からがっぷり四つに組むやり方が好きだし、それしかできない。それに、小論文さえもコミュニケーションだと思っていて、インプットとアウトプットのどちらも外してはならないというのが信条だから。



■問いの読解


いいかげん御託は切り上げ、設問が何を「求めて」いるかを考えよう。出題者は何を問うているのか? 設問文は上記のtwitterからそのまま拝借させていただいた。


<問題>

 ある大学生がいました。この学生が街角の古道具屋でふと買った壺を何気なく触っていたところ、中から壺の精が現れて「何でも願いを一つかなえてあげよう」と言いました。その学生が100万円欲しいと願った場合、この壺の精は他の人から100万円を盗んで持ってきますし、永遠の寿命が欲しいと言ったら、他の人の寿命を奪ってその学生にあげるというやり方で学生の願いをかなえることになります。この学生はどんな願いを願うのか、600字以内でストーリーを創作しなさい。


「ストーリーを創作する」という点に目が引っ張られたら、他の多くの受験生と同じものしか書けない。そしてどんぐりの背比べでハマる。誤字脱字で1点引かれたらもう厳しい。この問いのポイントはそこにはない。ストーリーはあくまでも器であり、何を盛るべきかは、設問文の他の場所にヒントが書かれている。

設問のポイントは「壺の精」と「願い」に潜む。なぜか? この問題は「愛知医科大学」で出題されている。実は、この前提から既に設問がスタートしている。「将来、医師(研究者、あるいは医療従事者)になりたいと思うあなたは、次の設問をどう考えますか?」と暗に聞かれているのだ。ならば、医療の道に進む者として答えなくてはならない。では、どう考えるべきか?

「壺の精」や「願い」は医療の道に進む者にとって何を意味しているのだろう?という問いを挟んでみてはどうか。医療分野から見てそれらが暗示するものは何だろう。

特に「願い」というのは掘り下げ甲斐がある。問題文では「学生の願い」として個人に帰している。だが、医療に携わる者にとっての「願い」は、もっと広い視野で考えるものではないか。この大学生が「医師を目指す大学生」なら、いったいどう考えるだろう? たとえばジェンナーがこの問いを見たらどう答えるか? 野口英世なら? 彼らなら「ウイルスを殺す方法を教えてくれ」「感染症を撲滅する技術を知りたい」と真っ先に口にするはずだ。そうでなければ自分の息子に注射したり、遠い砂漠の地で死んだりしない。

つまり問題文では、「願い」をあえて個人志向にミスリードしていると読める。その方向で書く限り、多くの人が個人的な思いで書くことになる。すると、細部が異なるだけで、広がりの小さな解答文に収まってしまう。出題者の思う壺なのだ。小論文とはそもそも、そういうものではない。個人のレベルではなく、一段上がった社会から論じるものだ。

そう考えれば「壺の精」が提示した条件を上手く処理できることにも気が付く。「ウイルス殺傷方法」の代わりに「新たなウイルス(耐性ウイルス)」を世界に蔓延させるかもしれない。「感染症」の代わりに「エイズ」を出すかもしれない。それについて「医療従事者」としてどう感じるかを創作すれば良い。設問条件を外さないことは、どの科目でも絶対条件だから、前提そのものから逃げないよう、解答の論理を外さないようにしなくてはならない。

この設問を純粋な「創作ストーリー」として楽しんで書くことを僕は否定しない。先にも書いたとおり、それでも合格答案は書けるし、多くの受験生はそれで受かっていると思われるから。でも、真っ当な小論文として論じるなら、問いを深く読解し、その狙いまで引き受けた上で書くべきだと僕は思う。本当に医師になったら、患者さんの言うことを聴く医師が増えてほしいとも思う。この小論文はそのポイントに繋がっていると、出題者は願っているのではないだろうか。少なくとも僕はそう信じる。



■解答例


僕は湧き上がる昂揚感を抑えきれなかった。水虫を治すチャンスだ、これは。

中学生の頃、銭湯で足の指を深く切り、いいかげんな処置をして膿んでしまった。そこに乾癬菌が入り込んだ。気が付いたら立派な水虫になっていた。寝ている間さえも痒くて堪らなかった。足はすっかり臭くなった。友人にばれないか不安で、部室では陰でコソコソ着替えている。「水虫を治してくれ!」。そう言いそうになった。

だが、言えなかった。そう願えば、世界のどこかで僕のせいで水虫になる人が出てしまう。それが僕の恋い焦がれるあの子だったら、と考えてしまったのだ。でも、僕はやはり水虫がコンプレックスだった。願いが叶うなら消してほしいと、ずっと思ってきた。僕はすっかり途方に暮れた。口ごもる僕を、壺の精はつま先をぱたぱたさせて見下している。僕はお構いなしに考え続けた。壺の精が額に深い皺を寄せ始めた頃、僕はやっと答えを見つけた。

「僕を水虫を治せる医師にしてください」

僕は静かに、けれども確信をもって言った。

「ふむ、よかろう。だがワシは忙しい。おまえの宿命は変えてやるが、運は自ら開け。勉強しろ」

壺の精はそう言って鼻の前で杖をちょっとだけ動かした。

「それに、代わりの菌を世界にばらまくぞ。そういう条件だからのう」

僕は彼を見据えて答えた。

「分かっています。必死に勉強してその菌も退治できるような医師になりますから」


(579字 / 改行などで字数調整必要なら第二段落後半を削る)