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1か月前

回答(2件)

ベストアンサーに選ばれました
オンライン家庭教師
これ、看護系の小論文ですよね。
つまりこの小論文では、看護師として人(特に患者)と接する上で、何が必要なのか、何が大切なのかを問われているんですよね。

あくまでも個人的な意見にはなりますが、
看護師に欠かせない資質のひとつに「患者の立場からものごとを考えられること」があると思うんですよ。
人はひとりひとり、別の生き方をしてきて、100人いれば100通りの考え方を持っているはずです。

例えば「どんなに苦しくても、どうしても治したい」と考えている人もいるでしょうし、
「自分はもう長くないから、おだやかに、苦痛のないように最期を迎えたい」と考えている人もいるでしょう。

そういう患者さんひとりひとりの気持ちや考えを受け止め、
その上で、この先、患者さんがその人らしく生きていくことができるようにするには
どのような援助を行えばよいのかを考え、医療という科学的根拠に基づいた視点をもって支援をするのが看護師の役割だと思っています。

それが「患者に寄り添う」ということ。

あなたの小論文は、チーム医療の一員として何をするかという視点で書かれていますが
医療従事者は「主役」じゃない。
病院や介護施設において、「主役」は患者さんや利用者さんであり、
そこで働く人々は、その「主役」の人たちが、いきいきと自分らしく生きられるように支援する立場のはず。

あなたが取り上げた「誠実さ」「勇気」はもちろん必要だと私も思います。
けれども、患者の立場に立ったとき、なぜそれが必要だと言えるのか?
そこの視点が欠けているように思うんですよね。

私があなたの小論文を読んで違和感をおぼえるのはたぶんそれが原因です。
あなたは「患者さん」の方を向いていないんです。
「医療者」の方を向いてるんです。


これを踏まえて、もう一度考えてみてください。

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山崎 陽子
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こんにちは!山崎です。 関西出身なので、ときどき関西弁を話します。 私は茨城県取手市という小さな市...

合格実績

■今年度合格実績 (1)大学 茨城県立医療大(看護) 和洋女子大(看護) (2)専門学校 茨城県立...
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山崎 陽子
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1晩考えていたのだけど、自分の回答がいまいち気に入らないので追記します。
先の回答も踏まえて読んでください。

まず、小論文で大切なことは、きちんと課題を読んで咀嚼して(かみくだいて)理解すること。
その学部学科が出題している課題が、何を意図しているのか、受験生に何を答えさせたいのかを読み解くこと。

看護の場合、小論文課題は大きくわけると2つの傾向にわかれています。
(1)看護師としての資質(内面)に関すること
(2)看護師に欠かせない、データから読み解く、類推する力に関すること

(1)については、ほんとうに数え切れないくらい多くの学校が出題します。大学然り、専門学校然り。面接でも問われます。看護とは何か?看護に必要なこととはなにか?

(2)に関しては、出題されるところはあまり多くありません。たとえば茨城県のきぬ看護学校とか、東京医療保健大のAOかな?そこの小論文がこの形式。
要は、健康に関する何らかのデータを出してきて、たくさんのグラフや図表から読み取れることを書くようなタイプのものです。こういう「データの読み取り」に関しては事前知識がほとんど必要ないことと(もちろんあるに越したことはないのですが)、データを正しく読み取り、そこから類推する力さえあればそこまで難しいものではないので、個人的にはこのタイプのほうが好きです。


さて今回の課題、昭和大の過去問かと思いますが、明らかに(1)のタイプです。遠回しに「看護師に必要な資質や特性とはどのようなものか」を問うてきています。
こういうたぐいの小論文で難しいと感じるならば、それはあなたの中で「看護とはなにか」「看護師とはどうあるべきか」「看護師に欠かせないものとはなにか」という、根本とも言える部分が明確になっていないからです。だから設問にたいしてとんちんかんな回答をしてしまう。小論文だけではなく、面接でもとんちんかんな回答になってしまう。

もちろん、あなたが論じたような「チーム医療」だとか「医療ミスをなくす」とかは必要ですよ。よりよい医療を提供するためには。でも、与えられた課題はそれを論じなさい、とは一言も言っていません。


自分自身と友人に対しては、いつも誠実であれ。
敵に対しては勇気を持て。
敗者に対しては寛容さを持て。
その他あらゆる場合については常に礼儀を持て。

ニーチェは「誠実」「勇気」「慣用」「礼儀」が4つの徳だとしました。
では、医療者、とりわけ看護師に必要な「徳」とはどのようなものなのか。

ここをどう「読む」か、だと思うんです。

看護師という立場におきかえたとき、「友人」「敵」「敗者」とは何を意味しているのでしょうか。患者にとって「友人」「敵」「敗者」とは何をさしているのでしょうか。

ここは考えられましたか?

おそらく問題の意図するところをよく吟味することなく、うーん、「誠実」「勇気」ならどうにか書けそうだからこれで書いちゃお、と選んだのではないですか?


先の回答にも書きましたが、看護師の役割というのは、

患者ひとりひとりの気持ちや考え、価値観、患者を取り巻く環境、その他あらゆる事象を受け止め、その上で、この先、患者さんがその人らしく生きていくこと、その人らしく生を全うすることができるようにするにはどのような援助を行えばよいのかを考え、医療という科学的根拠に基づいた視点をもって支援をすること

だと私は考えています。

そして今回は、医療ミスだとかチーム医療だとか、そういう科学的な面で「看護師にあるべき姿」を問われているのではなく、看護師として、いや、人間としてのもっとコアな部分、つまり心のあり方を問われているのです。
では、そういう看護師の役割、看護師のあるべき姿を踏まえた上で、看護師に必要なものとは何でしょうかね?

ここに気づけなかった時点で、この答案では合格はまずできません。


ちなみに、私の言わんとしていることがもし理解できたなら、
別の年度の「成功」「幸福」に関する小論文も、ほとんど同じ視点で書けるはずです。


----------

以下は書こうか迷ったのだけど、さらに追記させてください。
あなたは小論文の中で「病気に勝つ」という言葉を用いていますが、病気に勝つって看護師が使っていい言葉なのでしょうか?
患者さんがその言葉を使うなら、まだわかります。どうしても病気を治したいと思っている患者さんなら使うでしょうね。

勝つということは、負けることもあるわけですよね。

あなたの言う「病気に勝つ」が、病気が治るとか、病気を克服することを指しているとするならば、病気が原因で亡くなった人たちはみな「敗者」という扱いになるのです。
病気で亡くなった人は敗者なのでしょうか?

私にはとてもそうは思えません。

また、現代の医療では「勝てない」病気だってありますよね。例えば認知症。
エイズについても、HIVに感染してから発症を遅らせることはできますが、現段階ではまだ完治はできないはずです。
そういう病にかかってしまった人は、そういう病をわずらった段階で「敗者」確定なわけですよ。
それっておかしくありませんか?

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山崎 陽子
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