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カール6世からオーストリア領土と大公の地位がマリア=テレジア...

■どこまで理解しているか


カール6世からオーストリア領土と大公の地位がマリア=テレジアに受け継がれたが、それに反発してオーストリア継承戦争になったんだ思うのですが、

■どこが具体的にわからないか


結局神聖ローマ皇帝の地位は誰が受け継いだんでしょうか?

1か月前

回答(1件)

ベストアンサーに選ばれました
個人家庭教師

名目上はマリアテレジアの夫のフランツ1世(ロートリンゲン家)、

死後は息子のヨーゼフ2世。

だからマリアテレジアは正式には女帝にはなっていないんですが、

ハプスブルク家の継承者なわけですから、

二人の後ろで操っていたイメージから「女帝」と言われることが多いです。


それより戦争の原因の書き方が気になったのですが、

この時代以降は、

「表面的な開戦理由」と「実質的な開戦理由」は異なる場合が多いので、

注意が必要です。


「シュレジエン地方が欲しかったプロイセンのフリードリヒ2世」

がマリアテレジア(ハプスブルク家)に難癖をつけたわけです。


「植民地の確保が重要だったイギリス」

(マリアテレジアにつけばフランスを叩けるから)

「いまだに選帝侯による皇帝指名制で基盤が弱く、

 民族的な後ろ盾もないハプスブルク家頼みの神聖ローマ帝国」

これも大きな背景です。


このあとの七年戦争で、

なぜマリアテレジアが敵だったフランスと組んだかもわかります。

「シュレジエン泥棒」のプロイセンを潰すため、というわけです。


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マゴメ
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