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トルコ系マムルークが封建領主化するとはどういうことですか?

■どこまで理解していますか?
論述の大枠は捉えられています。

■どこが具体的にわからないですか?
②と③です。
イクター制がセルジューク朝に継承され、トルコ系マムルークが封建領主化するとはどういうことですか?
また、スルタン制がトルコ系諸王朝に広まると政教分離が明確化するのは何故ですか?

回答(1件)

ベストアンサーに選ばれました
マゴメ先生
先生
先生 の回答 1年前

トルコ系マムルークってのは一種の奴隷だったわけですが、

騎馬民族で武勇に優れていたので、

セルジューク朝においては軍事の主力だったわけです。


で、イクター制ってのは「徴税権」。

その前のアター制ってのは「俸給」だったわけですが、

マムルークたちに給料が払えないもんだから、

「地方から徴税してそこから自分の取り分を取ってくれ」

ってことになったわけです。


そういうわけで地方に領主として派遣されたマムルークが、

イクター制のもとで徴税権を手に入れると、

勝手に税金を多く取ったりして、

地元で勢力を伸ばしそうじゃないですか。

それが「封建領主化」。


スルタンってのは、

宗教上のトップである「カリフ」から、

「お前が政治のトップね」と指名された存在という意味です。


だから、

「スルタン制が確立」ってことは、

「おれは政治のトップだけど宗教のトップではないよ」

と宣言することだから「政教分離」ってことです。


カリフ制が崩壊したあと、

政治と宗教のトップが一致するのはオスマントルコから。


「政教分離より政教一致のほうが権威が高まるのでは?」

って面はあるけど、

政教分離ってのは「歴史が生んだ一種の知恵」みたいなもんで、

国家やら民族やらを崩壊させないためには、

都合が良い面もあります。

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