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勉強レベル4

カリスマなヨシップブロスチトーの統治

【質問の答えについて】

この質問の答えは質問の本文に記載されています。

ユーゴスラビア連邦の独裁者・ヨシップ=ブロス=チトーの死後、ユーゴスラビア内戦が起こりました。その理由は、チトーの統治の団結性が強かった故、彼の死後、独立の機運が高まったからだと思います。

では、そんなチトーの政策というのはどういうものだったのでしょうか。

どうか教えて下さい!
1回答一覧

小学校卒業という強烈な学歴が光るチトーですが、

一言で言えば「独自路線」。

東西対立の荒波を巧みに泳ぎぬき、

どちらの陣営にも与せず自ら信じた道を歩んだということですね。

第二次大戦時に国土を自力解放したという誇りが後ろ盾となっています。

 

ただ国内での統治が万全であったかは疑問が残ります。

まずいい点、画期的な点を言えば、

「言論による体制批判を許したこと」。

これは当時のソ連とは一線を画す国内政策です。

「74年憲法」に見られるように、

多くの民族・地域に分権化も認めました。

ただ自らを神格化し地位を守ることに対しては「それなりに」熱心で、

秘密警察も持っていましたし、

英語版wikiだと「何人かの側近が謎の死を遂げている」と、

陰謀めいて書かれています。

その後のユーゴ内戦を経て、

「ティトー時代の矛盾した政策に内戦の遠因があった」と言われるようになり、

「ティトー第二の死」とも呼ばれるほど国内評価は急落しています。

 

3/31追記:

もちろん、だからと言って政治家としてのチトーがダメだったわけではなく、

むしろ20世紀でもっとも偉大な政治家と言っても言い過ぎではないくらいです。

同じ目標を持ち同じ方向を見ているグループですらまとめるのが困難なのに、

民族も宗教も異なる、言語さえバラバラで利害も交錯するユーゴをまとめ、

米ソ以外の第三極結集を国外にも呼びかけたチトーの偉大さは認識しておきましょう

マゴメ 埼玉県/入間市駅 1か月前
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マゴメ
さんは個人家庭教師をしています

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